2006年12月27日

のどがムカムカしちゃってよー

あ、なんかきたみたい
ま、2〜3日前から予感はしてたんだけども

あー。。

そこに詰まってるのは無視してないよ、
無意識にないことにしているんじゃないからよ
気付いているから、もうちょっと待っていてくれ


冬は寒くていやだな、ああ、
posted by みっこ at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月26日

さよなら、いつか

答えを求めることの愚かさよ。
何を期待しろというのか。
誰かに近づいてもらうことを渇望しつつ、誰かが近づこうとするほどなおさら悲しくなる。


最後には疲れてしまった、わかりあおうとすることに、というか、ひとを理解しようとすることに、きっとたぶん私がこれだけ苦労したあげく疲れてしまったように、相手も疲れただろうし、そのうえ理解はされなかったのだろう。結局それはなんな?
意味を………………
探すのはやめろ


理屈なんかいらないんだよ、ただ愛して、愛さないで、抱き締めればいいんじゃない?
そっとなぜればいいんじゃない?
ぎゅっとすればいいんじゃない?


バカらしい。
でも、この「バカらしい」から私は抜け出したい。



この思いを心底ぶちまける相手を私はまだ、知らない
posted by みっこ at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月25日

君に教わった歩き方で

笑ってんだけどね、たぶんいつかより生きやすくなった、だけどなんかに気付いちゃったから、毎日毎日やり過ごしているけど、なにもないある瞬間に、急に崩れ落ちそうになる、「もう疲れた」って心底思ってしまう、仕事じゃない、人間関係とかでもない、この日常に疲れる、この私に疲れる、人生なんかさっさと終わりゃいいのに

感じるままに生き過ぎた気もする、考えないで流されてここにきた気がする、辛かったから甘やかそうと思った、なんでなのか考えないで、その仕組みについて無視して、だけど、甘やかしながらでも考えるのは止めない方がよかったのかも、自分がどこに動いたか見ておかなかったから、全部見失った気がする
そうかも、知れない、だけどそれが本当か、私には、知れない

「もう疲れたよ」と、そして

「疲れた」って言わなくなったのは 君が教えてくれたこと 身体と心をもって生きてんだから 疲れてない奴なんていやしない

だけど疲れた、

足はすべるし 歩きづらいし だけどきれいな雪が好き ゆっくりだけど 止まらない 君に教わった ・・ ・・・

と、繰り返しながら、なんとか、

は、でも持ち直すんだよ、それはできるようになったことのひとつ
posted by みっこ at 13:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月18日

禁止令

つくづく思うが、まずやるべきは、私を私が受け入れること、だね。
なんかすごく突き飛ばされた気分だもの。
posted by みっこ at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

どうしても行き着くのは

そう、結局日々の生活上、私が自分の取り扱いに困る場面を思い返してみるに、全部の根っこは見捨てられ不安に繋がる、気がしてならない。調子はまあまあ、という感じで過ごしてきているが、どうやらそうでもないな、これ。
しかし、もうホントめんどくさっていうのが最近の気分にて。
たぶんそっちの解決とかよりも、ニヒリズムが勝っているな。そんな必死になって私を私をって何言ってんのーと思いながら、必死に私を私をって云っている、その先に進めない。でもどっちも私なのですがね。でも、どっちもやだよなあ。。どっちかを選ぶなんてあほらし、しかし、選ぶというよりもそこを避けていると、そろそろどこにも行けなくなる気もして。そこの一歩先行く人よ、それは結構大変でしたでしょうねえ、して、そっち側は健やかですか多少は?そっちもこっちも大差ないのならこの旅、、、いや、意味は求めないことにしたんでした、人間は進んでいくようにできてんでしょう、どうしたって。

そして、自分のことをあたし、と云ったり、名前で呼んだりして、甘ったるく文字を綴っていた過去の記録に、若干ひく。いや、気持ちはわからなくもないが、過去の自分なのであるが、わかるけどね、いやいや、結構大変だったよね。同様にしている他人にも。他人に対してはひくというか、ああ〜、、、ね、、、見なきゃ良かったよーつ感じ。

で、改めて多面体な感じの再認識でしかないじゃないという。あとは、ここなんだっけ、思い出せない

ん〜最近しばらくヨガ行ってないし、体動かしたほうがいいかも。
posted by みっこ at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月14日

闇の左手、予言者、織り人のファクス

「未知のもの、予言しえないもの、立証しえないもの、これが人生の基盤になるのです。無知は思考の基盤です。立証不能であることが行動の基盤になるのです。神が実在しないことが証明されたら、宗教は生まれないでしょう。また神の実在が証明されるとしたら、やはり宗教は生まれないはずです……言ってごらんなさい、なにがわかっていますか?予言しうる、確実な、避けえないこととは何ですか――あなたやわたしの未来において、あなたが確実に知っていることは?」
「われわれは死ぬということです」
「そうです。答えうる問いはたった一つです、しかもわれわれはその答えをすでに知っている……人間の生活を存続させうるものは、永遠不変の耐えがたい不安ですよ、次になにがおこるかということを知らない不安です」
posted by みっこ at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月11日

ウラワザ、ぷりーず!

もうホントにどうにかしてほしいものだよ、私。
ぎゃー!っと、こう、あーもう。。
なにに耐えられなかったのか。

またしても世界から棄てられた子ども像が、あ。

だから黙ってればいいのに!
全部くれ!じゃなきゃなんにもいらん!って
云っとろーがー!

結局は怒りなんであるよ、なんに対してのか、なんでこうして溜め込んでいるのか、そのうち自分を殺すだろうよ、早めにすいと転がしておけばいいんであって、そこのタイミングと方向を。

めんどくせっ、

根本的過ぎて壮大なる旅のようで、もう戦意喪失への道まっしぐら
こびりついてるのは、なんでなのか、これ、自力で取り外し可能ですか?
たぶん引っ張って外すのじゃなくて、なんか驚くべき方法があるにちげーねーよ。
posted by みっこ at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月09日

ぜんぶぜんぶばからしい

おまえがそもそもばからしい
行く場所なんてどこにもないや

あははん
posted by みっこ at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月04日

選択理論の十の原理


  1. 私たちがコントロールできる行動は唯一自分の行動だけ。
  2. 私たちが与えることができるもの、他の人から受け取るものはすべて、情報。その情報をどう処理するかは、それぞれの選択。
  3. 長期にわたるすべての心理的問題は、人間関係の問題。
  4. 問題は過去でも将来でもなく、常に現在の人間関係。
  5. 満足していた過去の部分に戻るのは良いが、不幸(苦痛な過去)はそこに残しておく。
  6. 私たちは、遺伝子に組み込まれた5つの欲求、すなわち、生存、愛と所属、力、自由そして楽しみの欲求によって駆り立てられている。
  7. 私たちは、上質世界に入っているイメージ写真を満足させることによってのみ、欲求を満たすことができる。
  8. 私たちが誕生して死を迎えるまでにできることはすべて、行動すること。あらゆる行動は、全行動で、4つの分離できない構成要素、行為、思考、感情、生理反応によって成り立っている。
  9. 選択を動詞で表現することが重要。(私は「落ち込んでいる」、ではなく「落ち込み行動をしている」「落ち込む選択をしている」)
  10. すべての全行動は、選択されたものであるが、私たちが直接コントロールできる要素は自分の行為と思考だけ。
posted by みっこ at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

結局なににもなれない、

あなたとは、出会いもなく約束もなく、お別れもなく再会もなく、不思議な何年とかが経過

それが手に入った瞬間からのその動揺?衝動?はなんな。なんとも甘美なこの承認欲求の満たされ方に対し実は結構恐れおののいている。返報性のルールに従い何かが返ってくる、だけ。それはどう、嬉しいの?あるいは愛ですか。

この貧弱な想像力で、創造力で、何になろうというのか、マネばかりで。

なぜ生き・・・
不特定多数に向かって、あなたには生きていてほしいなどと云える感受性の恐ろしき。

過去も未来もただの妄想、今見ているものも意識の権化、たぶんね。
posted by みっこ at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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