2007年02月19日

怒り発作やっぱり3時

夜中の3時に目が覚める。もう〜寝てるときにやめてほしいと思う、内側が焼けるような解き放てないみたいな怒りの動悸、大事な大事なものを奪われたみたいな、手に入れる以前に奪われてたみたいな、絶対的に足りていない苦しさ、世界への怒りのようなもの、叫べない叫び、どうしても振り下ろせない拳、完全に壊してしまいたかったのに。

そしていつかに戻って手に入れることがもう叶わないだけじゃなく、たぶん目の前のいま手に入らないものがあることに、たぶん過去の何かと同じくらい手に入りそうにないものを、ほしがっていることに、考え至った、そんなこと気付かない方がよかったような気もすんだけど、、、そんなこと、とうにわかっていたこととも思うんだけど。

それもこれも、呼吸器系の弱い、夜の発作にうなされての妄想、それだけに。

体の具合に左右される神経と、神経の命令にて動悸を起こす心臓と
どっちも本当でどっちも妄想
posted by みっこ at 08:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月17日

触りたくなるほっぺ

洗顔料なぞ使わずに、蒸すんですってよ蒸しタオルでね、そうしたらお肌の調子がすこぶるいいわけ、何日もドクドクしていたでかいおでこのニキビが翌朝しゅんとなっていたっつって、それ以来、洗顔料は減らなくなりました、ぬるま湯のみで洗ってタオルで蒸してたら、頬の毛穴も縮んできたし、なんか白くなっている感じもするし、手触りもいいのでついつい触ってしまいますよ。
posted by みっこ at 19:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月13日

2月というだけの夜

何もないから誰もいない
ただ2月というだけの夜

カラッポの水槽は悲しいから
カラッポのギターケースと外に出した
なのに少しもカラッポがなくならないのは
鏡を見なくてもわかってること
posted by みっこ at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

S

ゆらゆら動きやがる、高くそびえてやがる、その後頭部に蹴り入れたくなるオレが、チッと舌打ちしてるオレが、そんなことに腹を立てている自分に腹が立つんだよ、どうにかしろ。

そのSの意味に、その声の意味に、涙が出て、シンクロニシティとは、ただの偶然じゃないのだぜ。そういうことになにかしら感じることもまたどこかではばからしく、おそろしく、すばらしい、ああなんてばからしい。

あれから何年経ったのだろうかと考えてみたけど、数えられなかった、なんとしても数字が合わないし、なんどはじめから数えてみたって、その始まりからして基準点を相対的にしてしまっているゆえに。おめたちが何歳になるのかはわかっているのだがなあ。今自分が何歳なのかもわかっているのだが、あの時私は何歳だったかがいまひとつわからない。そういう数え方で生きてきてないからして、たぶん。そういう意味では、私が自分でわかんなくなっちゃうので、純粋に記録として気まぐれにこうやってなんか書き付けているのも、たまにはなんかの役に立つかしら。でも、あれが何年のことでその時私が何歳だったかなんてそれほど重要なことでもなさそうだけどもね。

この空洞がずっとついてくるので、たったひとつのオレの味方だということにしようかと思う。
愛していないし、恋していないし、感謝とかもわからないのですが、とにかく、このままならば、なるべくこのままでしょう。わかっているのは、それだけ。

そうだった、自分が選んできたのだった、ずっとずっと、

スパイラル。少しずつ何かに近付いているんだろうか、なんてずっと前にも問うていただろ、いつまでもやっぱり同じ問いを持ち続けているみたいだ。別に上じゃなくてもいいんだ、進む方向は、なにか安心できる場所に辿り着けたらただそれだけでも、あるいは、もう終わり、とかなら、そこでもかまわん。

結局要らないのは愛で、一番欲しいのもまた、

人間がなんだか進歩なんて呪縛に絡まっているのは、いつまで続くんかなあ。
posted by みっこ at 00:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月04日

そんなこんなで2月ですってよ。

日々の穏やかな繰り返しにしあわせって感じるものなのかしら、私にはよくわからないのですが。なんてことを最近考えていたんだけど。
でも、なんかたいそうなことをやってるって、自分頑張ってるって感じじゃないといけないみたいな強迫観念抱えてるのは病的だってのはわかるんで。しかもそれってたぶんなんかを埋め合わせるためのはずなんだけど、結果としてなんにも埋まっていやしないってのが、おおかたの現実であって。
この中途半端な気分。やっぱり空洞を持ったまま、人間の体引きずってどこかまで。
posted by みっこ at 19:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月22日

ホントに単純に

エアコンの風が暖房のクセに冷たい空気を送ってくる、室内の温まっていない空気をもいっしょくたに掻き回し結局寒いし、乾燥した風で目は乾き、どうしようもないよ、土日はウチにいる時間が増えるんで余計にツライし、冷たい冷たいと延々とぼやき、しょっちゅう「エアコン止めてもいい?」とかやっていたわけで、全然暖房になっていないってことで、エアコンをやめて電気ストーブに切り替えたらば、不思議なことに背中の冷えが治まりましたよ、これ。
私はさっきまで寒かったけど、ストーブにしてからそれほど寒くないと思ったんだけども、だいちん曰く、室温自体はエアコンのときのほうが高かったとな。
漢方の世話になるかとか、養命酒でも飲むしかないかとか、電気毛布買うとか、いろいろ言っていたが、エアコン暖房をしばらくやめてみることで落着。

しかし代謝とか体力とか血行とか、基本的なその辺を改善しないといかん、いかん、
posted by みっこ at 12:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月20日

背中が冷たくて

ふたつの肩甲骨にはさまれたところ
首の付け根と
その辺りがずっと冷たい
眠れないくらい
でも寝るけど

この冷えなんとかならんものか、、
去年の冬も冷たい空気を背負っているような感覚が強く、かなりやられてた記憶がある、あんときは気分的なものかという気がしていたが、実は逆だったのかもしれないという感じもあり、ロジャースが云ってた有機体への信頼って云うのを、私は多大なる納得もって読んだけど、なんでこんなに局地的に冷えてんのか?っていうことを、無視せずに私は真摯に考えてみたいものだ、物理的にも心理的にもそれ以外の意味においても事実として繋がっているということ、その関係性を、落ち着いて感じてみたいものだ。

***
posted by みっこ at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月09日

冬眠だったらよかったのに

冬にやられるっつーのは last winter についたクセなのかしら
いっそ冬眠していたい気がする

人生の意味がわからなくてもそのことに煩わされずに
生きていけるようになりたいと

なんにつけても自分の意志はどうなんだということを、
いつもとは云わないがなるべく考えていたいと

他者がなければ自分はいないということの、
他者に生かされている感謝みたいなポジティブな意味ではなく
自分の存在は完全に他者に左右されているというからっぽな意味において
ひしひしと感じる、たぶんずっとそうやってきて、
その事実に気付いたのが最近


体の冷えが心理的な落ち込みを助長しているのもわかる

今日は久々のヨガだし、なんとか持ちこたえたいものだが
こうやって毎回ごまかしごまかしできて
根本的ななんかを避けてきているということがやっぱり問題なのも
わかっている、つもり

のどに詰まっているのは飲み込めない何か
あるいは吐き出せない何か
posted by みっこ at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月31日

一周

今年も一周したかー
posted by みっこ at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月30日

すべて受け止めるって本気で云えるのか

人の人生なんてあっというまに否定している
いくら言葉でイイキカセテも
posted by みっこ at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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