2006年07月31日

そうだな、そうだったな

私は生かされている
posted by みっこ at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

電車で目の前の人のシャツのしましまに遠近感を失う

こめかみから頭上にかけて
血管がずっきんずっきん音を立てているっていうのに
人にはこれは聞こえていないわけなんだな
愛想というものを知らなそうな帽子のぶつぶつのヒト
やっぱり最悪だー最悪だーとかつぶやきながら坂をのぼる
あれは幻だったのか、や、確かに確かに
でもやっぱりそんなの消えてなくなる
私は通過させるだけ

ニヒリズムは実は「意味」を求めているのだと
ネットで誰かがまじめに論じており、その部分的には同意。
しかしそこに宗教の介入する余地なんかあるんかな。
ということにおいて疑問。


若干浮かれ気分で哲学を弄して
その本音はエロかもしれないぜー
posted by みっこ at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月28日

すっきり気分

花火大会行ってきた。
やっぱり派手にこれでもかとでかいのをどかどかあげてもらうと気分が良い。
そんなに近くないけどもやっぱりあそこの花火が一番好きー
posted by みっこ at 14:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月27日

微、巨、

や、たぶん絶望しているのは自分にもだけど世の中にも。
そんでやっぱり長い時間かけて壊れていってるんだなと毎日思う。
人の心も社会も。

人類がもっとましな生き方を獲得するのには
あと何百万年くらいかかるんだろう。万じゃなくて億かなー。
それまで滅びないでいればの話だけど。

私というのはたったの100年ももたずに終わるんだけど、
それでも自己肯定をするかしないかは、
何十億分の一かの重みで影響は与えるんだろうな。
posted by みっこ at 12:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

memo*2

・・・つまり、ミーティング場でトラウマ記憶を語ったという記憶がこのトラウマ記憶そのものに「上塗り」されるのです。それを繰り返すと、トラウマ記憶が不意に襲ってくる、いわゆる「フラッシュバック」が減ります。何故なら、トラウマ記憶に変化が訪れます。なぜならその記憶が浮かぶたびに、聴衆の皆さんを信じ、思い切って話した「ミーティングの場の記憶」が一緒に出てきて古いトラウマ記憶の生々しさが、近い過去の記憶の生々しさに取って替わられるからです。

 やがて、トラウマ記憶はあなたの沢山の記憶の一つに過ぎなくなる。そうなったら、その記憶は「普通の記憶」として記憶の陳列棚のひとつに並ぶでしょう。それなりのタイトルが付けられて、整理されて。あなたは必要なときにその「記憶ファイル」を取り出すことができるが、普段はそのことの影響を受けなくなる。
 こうして整理されない記憶がトラウマ記憶と呼んでもいいですね。どこかの棚に乱雑に載せたり、床に投げ捨てたりしている記憶は、ときどきあなたの頭の上に落ちてきて瘤を作ったり、脚をつまずかせて捻挫させたりします。それがフラッシュバックやパニック発作です。
 そうしたゴミのように散らかった記憶の断片が室内に漂っている状態があなたの無気力や抑うつを生み出します。

http://www.iff.co.jp/saito/archives/2006/07/66.html
posted by みっこ at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

memo*1

 多分、アディクションによる興奮を手放した後の喪失感にどう対処するかが決め手なんですね。あなたのなさっている運動というのもいいがそれだけじゃ無理でしょう。
 お気づきのように「ミーティングで話す」というのは必須です。それと、「アディクションの後のウツ」は辛いものだという認識を早いうちに持っておくことですね。頭でシミュレーションしておくことで、アディクションへの後戻りを防ぐのです。

 買い物しようとしたとき、「ミーティングの仲間に会わせる顔がない」と思えるようになれば抑止効果が出てきます。そうなれるというのも結局、「人とかかわる能力」に関連してきますね。○○さんはその能力が比較的高いのですよ。この能力は自尊心(自己評価の高さ)に正比例し、自尊心は「自分が自分に寛容である能力」に正比例しますから、煎じつめれば「自分をゆるせる力」をつけることがアディクションからの離脱を助けます。

http://www.iff.co.jp/saito/archives/2006/07/33_15.html
posted by みっこ at 16:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いい子いい子と頭をなぜてもらうよな

今度は壊さないように大事にしよう。
あの頃よりは少し大人になったはず。
posted by みっこ at 15:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

身体にちょっと変化

亨と一緒にう〜んとなって壁抜けなどしている気分になり、本当に息ができなくなりそうに水に沈んだのかと思った。あれは一種の自己催眠であの中で真実を探すことは、ひとつの現実なんだろうと思う。

腹痛と吐き気に脂汗をぼたぼた垂らしながら、思わず頭に浮かんだ呪文のようなものを振り払い振り払って、でも、あー私やっぱり逃げられないんだ・・・なんて思った。少なくとも今はまだ片足突っ込んでいるんだ。
posted by みっこ at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月23日

正解はひとつじゃないし

久々にある人が書いたものを読む。
わかりやすい言葉で単純な論理で思わずそうかと思ってしまいがちな文章だった。昔だったらたぶん頷いて読んでいた。でも頭を使いながら読んでみると、全部、自分に都合のいいように解釈を結論をもっていこうとしているのだなあというのが見える。これが狙いなのかもしれんなー。考えさせないで飲み込ませて疑いをもつスキを与えない。
ある文学作品を引用していたが、その作品、わりと最近読んだんだよ私も偶然。でもその解釈はなんかな、ま、感想や解釈はひとそれぞれだからいいけど、もっともらしく断定し過ぎる。えー?それを引っ張ってきてそこに関連付けるのかよー?という違和感。

私もちょっとは自分の脳を使うことを覚えたんだねー

悪霊にとりつかれているのはさてどっちでしょう?
posted by みっこ at 10:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

出発点が違うんかいね

人が気に入らなくて職場を変えるのは
自分がやりたいことがわかっていないからで

例えば自分の天職と思えることをやっている充実感を
感じていれば、そういう人と接することでそれなりの
ストレスはもちろん感じるだろうが、それはそれ、で、
自分にとっての大問題にはならないのだろう。

そういえばこないだあの人が言ってたことはこういうことかも。
自分にとってはこれをやっていくことが一番大事だから、
イヤなやつはいるけど、負けないし逃げない。と

と、考えはするが、そもそもやりたいことって?
行きたい方向って?てな具合だから、
天職なんてわかりもしない。

なんかな、最終的にその先に何があんのか、
どこかにたどりつくんだろうか、
辿り着かないんならなんのために進んでいくのか。
むかしむかしからいろんなひとがいろんなことを考えて、
哲学とか宗教とかがこんなに膨大な言葉を残しているけど、
いまの私には結局わからない、
いつもこの疑問に帰ってきてしまう。

ここがわかるようになることが大事なのか
わからなくてもそこに止まらないで
いられるようになることが大事なのか
posted by みっこ at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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