2005年12月31日

たった数カ月で何年分もやり直せない

結構へヴィな今年後半戦だった。
新しく生きているみたいな
ハイ、もう一回最初からやり直し〜みたいな
え〜最初からなの〜?!とかぶつくさ言いつつ
でも、見える景色も違っていて
ハードだけどおもしろくもあったのかも。
相当にハードでへヴィではあったが。

まだまだだな。

変わったのは非常に劇的で
変わらないのはしつこく相変わらずで
まだまだいろんなことが待ち構えているんだろうから
気長にいくしかなかろうなー
posted by みっこ at 16:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月28日

だから読むんだよ

たぶん中学生のときに読んだある物語のことを、その凍と白と宇宙と星と子どもたちの印象を突如思い出し、その星で生きていく上で何かが足りない身体の子どもがその時になって耳からどす黒いか紫のどろどろしたものを出して死んでしまいそうになる場面が無性に思い出され、どうしてもまた読みたくなって、本屋で探そうとしたが全然見つからず、あの時図書館の棚の下のほうの段にあったということと、作者名もタイトルもおぼろげにしか覚えていなかった。

それでネットでしつこく探し、なんだかんだでやっとみつけた私のこの執念を持ってして更に他の作品も気になり結構続けざまに読んでいる。描写がどんどんしつこく細かくなっていく。その内容というよりも私はその語感とか風景に惹かれてるんだろうという気がする。冬に読むとなおさらなのかもしれない。それから世界に適応できない子どものモチーフとかが気になってしまって。

いろいろ辿っていたら、このごろ気になっていたことがみんなして突然繋がったということがこないだあった。宮沢賢治、埴谷雄高、宮崎駿、山口泉、それからエスペラント。

本を読むことについて、その読む本について、読むならばいわゆるいい作品と言われているもの、なんか世界の文学みたいなものとか、推薦図書のところに名を連ねているものとか、ベストセラーなものとか、そういうのであるべきな、悪い本とかは読まないほうがいいみたいな、そういう縛りが自然と刷り込まれていたけども、そんな悪い本だとか誰か決めるんじゃいという根本的問題に気付き、そうです私もそう思いますっていうのとか、なるほどそうですかその考えはいいですね、私もそう思うことにしますみたいなのばっかりじゃ気持ち悪いし、別にあーこの考え方には違和感感じるーと思いながら読んだっていいじゃないかよ、その違和感がなんでなのかを考えながら読んだっておもしろいじゃないかよ、それが人の書いたものを読むってことじゃないの?というのがまったくアホであるがいまさらわかった最近の収穫。本に限らず。
posted by みっこ at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

空の印象も

なんだかみんな鈍ってしまってぼんやりしてしまって
こんなになにもないのは耐えられないと思っている私は
ヘンな習性がいつのまにかついてしまったんか
なんにもないということの平穏を楽しめよー

ちょっとコーヒーショップっぽくお湯を注ぐだけで泡がそれなりにもこもこするインスタントのやつ。
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2005年12月27日

つまらん

日本を捨てようかとまで言っている私こそが殺伐とし過ぎているような気がしなくもなくしてきた。
posted by みっこ at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

そうはいっても、

なんとなく、さよならしきれていない私の記憶
どうせ二度と会わないだろうなのでもうちょっとだけいいだろー?
と、ちょっと甘えてみるが
しかしこれは
私を苦しめた価値観へのさよならなのであって
昔の恋へのさよならではない
時間が経てば忘れるわ、とかそういう質のものでない
意識して手を振るのです
もういらないんだから、それは確かなのだから
posted by みっこ at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「可愛い女」(チェーホフ)より


が、中でも一ばん始末が悪かったのは、彼女にもう意見というものが一つもないことだった。彼女の眼には身のまわりにあるもののすがたが映りもし、まわりで起ることが一々会得もできるのだったが、しかも何事につけても意見を組み立てることが出来ず、なんの話をしたものやら、てんで見当がつかなかった。ところでこの何一つ意見がないというのは、なんという恐ろしいことだろう!例えばびんの立っているところ、雨の降っているところ、または百姓が荷馬車に乗って行くところを目にしても、そのびんなり雨なり百姓なりがなんのためにあるのやら、それにどんな意味があるのやら、それが言えず、仮に千ルーブルやると言われたってなんの返事もできないに違いない。クーキンやプストヴァーロフがついていてくれたころも、またそのあとで、獣医がついていてくれた時も、オーレンカは説明のつかないことは一つもなかったし、どんな問題を出されても自分の意見を述べるに不自由しなかったものだが、それが今ではむらがる思いの間(あわい)にも心の内部にも、ちょうどわが家の庭そっくりのがらんどうが出来てしまっていた。
posted by みっこ at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月25日

愛する風使い

読みかけのままだったナウシカを読了。

蟲使いたちがシュワに向かったナウシカを追う風の谷のガンシップに
乗せてもらおうと、蟲を殺し全財産の荷物を捨てる場面で涙。

テトの死とユパの死、死に際の「すすめ いとしい風よ」でも涙。
テトはユパの分身で、ずっとナウシカと一緒だったなあ。

読んでない人にはなんのことやらだろうが。。
私はアニメのナウシカより断然コミック版が好きである。

アニメはわかりやすいが、コミックは何回も読まないと
わからないだろうことがまだいっぱい詰まっているようでイイ。
また読んでみたくなるんだろうなあ。
ナウシカがどんどんいろんなことがわかっていく様が、
探求するのをやめられないでいる様が、
強いとか優しいとかいうことでなく、救世主とかではなく、
探求者であるところが好き。
そういう意味でユパというキャラクターも好きなのかもしれないな。
後半戦ではその探求をナウシカに委ねるのだが。

私にとってのナウシカとは、極論を言えば
別に世界なんか救わなくてもいいのである。
世界を繋ぐことはしたかもしれないが
実際に世界を救ったという結末ではないと私は読んだし。
そんなきれいな結末はいらなくて、
知ってしまったからにはそうせずにおれないという
その衝動でいいのである。

飛躍するが宗教の教祖といわれる人たちも救世主だったわけではなく、
探求者だったのではないかと思う。
生きることや命や世界の成り立ちのその本当を
知りたくてたまらなかった人たちだったんではないかと。
posted by みっこ at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月24日

今日はテレビを捨ててiTunesでシャッフル

近所の、屋根に十字架のある教会で12月に入ってから周囲の木々に電飾を付けて飾っていたのを見た時だけまっとうなクリスマスの祝い方だなあと、ヘンな清々しさを感じた。あとはどうでもいい。
まあ無頓着でお気楽なやつらは勝手に浮かれていればいい。クリスマスを祝うなら、百歩譲ってクリスチャンじゃなくてもそれなりの信仰心をもて。失礼じゃん、キリストさんに。この時期に恋人がいないことでさみしかったりひがんだりする人々よ、そんな気持ちはそもそも間違っていて思い込まされているだけなのだから、そんなものは捨てろ。

前夜にやけに騒ぐおかしい日本では、クリスマス当日になって静かになる。
キリストについてなんとも考えない人が、まるでおはようやこんにちわのようにメリークリスマスという言葉を発するこの日がいやらしいイヤな日だと思わずにはおれない私はひねくれものでもなんでもいいが、どうせ商業的に利用されているだけのキリストさんがかわいそうになり、あっちでもこっちでも宗教が商売になっちまうような時代だとつくづく思ったり、いいかげん日本を捨ててしまおうかと思う。
posted by みっこ at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

さみしがる

もうなんだかすっかりねえ誰か!
毎回いろんなことがわかりながら、
それでも結局まだわかんないことだらけ。
だけどホントにずっと前からわかっていることは、、、、
ああうざい。

わかっているから言っちゃいけない、言ったら終わりよ。
口から出てったらもうそれきりそれは私の意志や予想や期待とはてんで関係なく、
私の言葉であるのに私のコントロール下から離れて
受け手のコントロール下に一瞬にして入る。
瞬間移動。


ああ、さみしいよ。
posted by みっこ at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月23日

がんばれがんばれ

マイクに寄っかかって優しいしゃがれ声で
がんばれがんばれ・・・
って歌うように言った時、
おかーさんを思い出したのではなく、
いつでも帰っていいあったかい場所が、
歪んだ明るい景色の向こうに遠のいたようで
だけど、がんばれがんばれって
私の中で誰かが見守っているようで
涙が出る。あれは誰。


あわてんなよ 雨が上がったからって
いきなり晴れるわけもないさ
俺はまだ やっと今 始まったばかりだろ
早くはない 遅くはない 始めたら始まりさ
何度でも 何度目でも 始めたら始まりさ
posted by みっこ at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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