2005年09月19日

揺らぎ

すごく最近の自分は揺らいでいるっていう風に感じていた。

でも、理由もわからずふらふらして苦しいのではなくて、
自分で自分の基盤を揺るがすあるいはいったん破壊するぐらいの作業を
していることがわかっていて、でも、それは自分には必要なことで、
そこを乗り切った時にきっと何か大事なことがわかるはず、と思って進んでいる
いまこうやって揺らいでいるのは通過点なんだ、と思うから、
こんなにも不安定ながら、少しは希望ももって過ごしていられる。

以前に記事にも書いた「思考停止ポイント」について、
引用したサイトをまた読み返してみて、引用したのとは別の部分、
この記事の導入の部分でこう書かれているのを再確認した。

自分の頭でものを考えるとは、
常に「揺らぎ」続けることでもある。
絶対というものを持たず、不安定なまま、
自分の内面、まわりの人間や状況に応じて、
その場、できる限りの
ベストな判断をしていこうとすることだ。

ところが、これは、なかなかしんどい作業だ。
だから、
揺らぎを止めて、ゆるぎないものに
どかん! と腰を下ろしたくなる。
それが「思考停止のポイント」だ。


以前このページを読んだときは、ここの部分は読んだけど、
それほど印象には残っていなかった。
いま、自分自身の「揺らぎ」を感じている時に、
改めてここにこういうこと書いてある!って気づいたというか(笑)

自分で考えずに誰かが言ったことを、自分もそう思っていると思って
行動していた頃は、そういう点においては楽だった。
全部先回りして誰かが言ってくれて決めてくれて、
そのとおりに進んでいればそれでいいんだと、それが正しいんだと
思っていた頃はこんなに大きな「揺らぎ」を感じたりなんかしなかった。
きっと揺らぎそうになったら決まって誰かが言った言葉の中に答えを求めて、
それらしい言葉を見つけてそれで落ち着いていたのかもしれない。

最初に、今の自分のこの揺らぎは通過点という風に書いたけど、それって違うのかも。
通過点と思っているっていうことはその先にやっぱりなにかどかん!と腰を下ろせる
「思考停止ポイント」を求めているっていうことか・・・。

しんどくても、「自分の頭でものを考え」、「常に『揺らぎ』続け」ていくことが、
自分の人生を生きていくってこと。そういうことなのかな。
posted by みっこ at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。